本館のテラスや工房、ギャラリーからの眺めは絶品。
目の前の緑が、精霊たちが醸し出すファンタジーな趣きを、引き立ててくれる。

それぞれがあるがままに 自由かつ楽しげそうに集う様子は、平和そのもの。
互いに比較しあう様子もなく、自他も感じさせない。
すべてが大自然の背後にある本質的な1つの無限生命(=意識のエネルギー)で作られ つながっている感覚だ。
それは全体調和を志向する意識、バランスをとろうとする大自然の心の働きともいえる。

知る人ぞ知るハンナ・アーレント(1906~1975年 米国哲学者)の名言に『真理はわれわれが立つ大地であり、われわれの上に広がる天空である』 67年の論文「真理と政治」より

大地・天空 ⇔ (大)自然<ピュシスの根源> ⇔ 真理 ⇔ 無限宇宙 ⇔ 神・仏 ⇔ 愛・慈悲 ⇔ エコ・フクロウ慈眼さんの心

うまくつながるものである。

”目”と”心”の関係性に興味を持って50年。エコ・フクロウ慈眼さんとは20数年のお付き合い。我が人生既に80年。エコ・フクロウ慈眼さんに出会って、ようやく本来の自分にたどり着いた感がする。 ピュシスに感謝!!

AI時代の現代。限りなく人工化された社会の歪で、生活は便利だが、人間が心身ともに生き辛くなってきた。そしてようやく時代は、未来に向けて 自然回帰へとシフト。今一度、ピュシスの本源、本来の自然とは何かを問い直す必要がありそうだ。
その答えは、エコ・フクロウ慈眼さんたちが、全身全霊をもって教えてくれているようだが。

自我と自然

ピュシス(ありがままの自然)、すなわち自我が無い自然(の心)は中立で、ウソをつかず、慈愛に満ちている。
それに反して、自我のままの頭《人間頭という》でソントク(損得&尊徳)をベースに考え、行動し、感情や欲望を制御できずにいる人類。人の心は自覚するしないに関わらず、貧富、強弱、上下、名誉、自尊心(プライド)etcにこだわり、ウソにまみれていると言える。


唯一の解決方法は、少しでも真理に近づくことであろうが、その糸口は、人間の自我意識(=自分)は、本来存在しないこと。あると思うのは、人間意識の創作あるいは錯覚だと自覚することだ。
自我(意識)がなければ、人を憎むこと、権力にこだわり他者と比較(分離感という)して争うことも、しいては戦争も起こしようがない。そこにあるのは、魂(≒心)の喜びであり、幸福・自由・平和の楽園である。

まずは、人間も動・植物・鉱物と同様に、自然の一部であると自覚し、そして大自然の法則、摂理、真理には逆らえないことを、再確認することから始めたい。